コックス,コクサン (cox, coxswain)

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コックス(舵手,cox)は,舵手つき艇で舵をとり,漕手に指示を出す人. 正式には(coxswain)といい,その発音は,カクサン,コクサンに近い. 日本語では,コクスンやコックスウェインと表記されることも多い. 舵手がその役割を果たすことは,coxingと表現される.

コックスの語源については,「海の昔話/日本海事広報協会」では,雄鶏(コックcock)という単語が小型のボートを表す言葉であり,「swain」が,「田舎の若者,伊達男,(男の)恋人,求婚者」などを意味し(うむむ,あまり良い感触ではないな…),cock swain (小さな船の伊達男?)から,cockswain,coxswainとなったと書かれている.

しかし,さらに検索し,整理・解釈した結果は,以下のようだ.
まず前座として,ギアとスプロケットの違い. 日本語ではもう「歯車」とまとめてしまいがちだが,自転車のようにチェーンを回す/チェーンで回るのがスプロケットsprocketで,歯と歯が噛み合って回るのがギアgearである. そのギアや歯車の「歯」のことをcogともいう(「漕ぐ」ではない). 調べていくと「はめ歯歯車」という語にあたる. 歯を嵌める? 原始的な歯車は,円板にほぞ穴を掘り,硬い木の歯cogを打ち込んでいた. 最初は多分、ギア比で回転の速度やトルクを変えるというより、運動の方向を変えるのが主題だったかもしれない. イメージは,「ピン歯車」で検証されたい.cogは歯車のちっぽけな歯,といった意味にもなる. 「社会の中の歯車」といった言い方は,英語でも同じらしい. そのまた,一つの歯? でもその歯が欠けると動かない. かけがえがないとはそういうことか?
さて,こういう原始的な歯車は,アソビが大きくてガタピシ不安定な動きだった. コグルcoggle という動詞は,「不安定に動く,揺れ動く」といった意味の意味になる.(現代の歯車のイメージは,どちらかというとアソビなく寸分の違いなく回るので,ガタのあるイメージではないが,cogの原風景はそんな遊びのあるイメージなのだろう. これでやっと,cog 歯車とcoggleの繋がりがわかった.

ちなみにcogged belt(タイミングベルト)とか,cogging (低速で回すモーターでの,カクカクした動き)なんかにcogの言葉は生きている. やっと前座終わり.

それで,大きな船に乗せてあって岸との「渡し」に使うような小さな手漕ぎ舟が,cog boatと呼ばれた. ちっぽけで,ちょこまかユラユラ動くから,歯車の歯に例えられたのだろう. で,いつしかコグボートは,永らく「漕ぐ」うちに,コックボートに(言葉にもアソビが). 

それで,そのボートがいつでも出艇できるように,艤装を整備し,漕ぎ手(クルー)とともに艇に待機しているサーバント(servants,使用人,召使)を,「コックボートサーバント」と言った. ここで,swainが登場する. 古ノルド語(というのがあるらしい)に由来する古英語で,sveinnは,男子とか使用人,サーバント,さらには色男,愛人まで!の意味.
それで,コックボートサーバントは,コックボートスウェインとも. (多分,サーバントよりスウェインの方がオリジナルかもしれない).
そして時代を下りながら,コック・ボート・スウェインは、略してコック・スウェインに. そして(ここでやっと年代が登場するが)1724年には,「コックスウェイン」が,「コックボート,はしけ,シャロップ(沿岸漕行の小舟)の装備を管理し,いつでも出艇できるようにクルーとともにいる艇のオフィサー」と定義された. サーバント,召使からこっそり少しずつ,「艇長,漕手を使う側」に近づいたわけか. 今のコックスも同じ? そういうわけで, cox-swain.(なので「s」を忘れてはいけない) さらに略されてcoxに.

蛇足. 冒頭に書いた通り,発音をカナ表記でコクスンとすることが多かったが,検索すると,[US] カクサン,[UK]コクサンに近かった.(そうかコックスは色男の助さんじゃなくて「格さん」で拡散するか(笑). …国産ギャグ…

日本では,クルー=漕手+舵手という感覚がなお強い(と思う. 実情はともかく,理念として?). 英文を訳していると,例えば,the crew and cox …といった表現に出会うこともよくある. これって,クルー=漕手(だけ)? とちょっと,コックスの立場がのけ者?と感じることもある. しかし考えてみれば,コックス=艇長で,乗組員=漕ぎ手,で,これはこれで間違っていない表現かもしれない.(例えば大型船の船長と乗組員;"the captain and his crew in that sihp"という具合に. 表現と定義はともかく,漕手も舵手も連携をとることが不可欠,ということはいうまでもない. (2007-2-22作成 2020-10-6前回改訂 2021-3-23改訂)


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