国立スポーツ科学センター ローイングタンク

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 完成間近の国立スポーツ科学センター(Japan Institute of Sports Sciences)に開設予定の「ボート・カヌー専用回流水槽」(ローイングタンク,Rowing Tank)の概要.造艇研究会主催の見学会でいただいた資料およびディスカッションからの抜粋と個人的感想,参加記.なおセンター外観を除き,ローイングタンクの写真画像はまだ掲載できません(報道,漕艇誌等での公開後に掲載予定.なお別途,見学記を太田川BCの会報に掲載予定.)

参考資料 :ボート・カヌー専用回流水槽(rowing Tank)説明パネル(ドラフト),国立スポーツ科学センター機械設備工事(ローイングタンク)概要説明資料,ボート用艇入出力装置納入仕様書.

1 ローイングタンクの概要

1.1 国立科学スポーツセンター(2001.10開所予定)
 概要:競技力向上を目指す文部省の新しい施設.
 場所:東京都北区西が丘3-15-1(国立西が丘競技場)
 アクセス:都営地下鉄三田線本蓮沼駅から徒歩10分.またはJR(京浜東北線他)赤羽駅からタクシー等.
 設計:建設省関東地方建設局,文部省教育施設研究所
 施工:(ローイングタンクは)IHI;石川島播磨重工業(株)

1.2  ローイングタンクの目的,対象
 目的は,ローイングとカヌーのための実験研究とトレーニング.基本的に,当センターは対国際的競技力向上を目的とし,トップアスリートに焦点を当てた施設である.ただしローイングタンクの具体的運用の詳細は未定(まだ公表されていない)で,利用については未知数・未確定の要素も多い模様.

1.3 主要構成と機能・性能
1.3.1 概要
 2基の垂直循環型の高速回流水槽(High speed CWC; Circulating Water Cannel)が,静止水槽(Static Tank;水が流れていない)をはさみ,並んでいる.静止水槽に訓練ベース(=艇)を浮かべ,両側の回流水槽にオールを浸けて漕ぐ.艇は,前後をワイヤーで引張られて静止水槽の中央「付近」に維持されるが,ローイングによる推力や漕手の重心移動などによるサージング成分(艇速変動のうち高周波成分)に対して,そのまま自由に反応して前後移動するため,漕感触は実漕と同様となる(と期待されている).また,静止水槽の上流側には送風装置(Wind Blower)があり,回流水槽の流速に等しい風が艇と漕手に吹くようになっている.
 カヌーの場合は,回流水槽にシングルカヤックを浮かべて漕ぐが,これも,艇を上流側で艇力入出力装置に接続する.
 その他,制御装置と操作盤(制御室),科学分析装置(データ整理室)などがある.

1.3.2 全体構造,対象種目および主要寸法
 地下1Fに開水路部,上側の研究用ステージ,制御室,データ整理室,地下2Fに回流部,インペラ駆動用モータ,下側の研究用ステージ(水中観察窓)がある.
対象種目:4-,2-,2×,1×およびシングルカヤック
全体寸法:長さ22.1m×幅8.1m×高さ5.0m
開水路:長さ10.0m×幅2.5m×水深0.6m
静止水槽:長さ18.0m×幅2.2m×水深0.6m
流速:0~5.5[m/s](ただし定常状態での計測)
流速分布:5[m/s]時±5%以下(側面・底面の0.1m以内を除く)
定在波:5[m/s]時,最大波高50[mm]以下
サージング:5[m/s]時,サージング波の周期は20[sec]以上.
送風装置:最高風速5.5[m/s]

1.3.3 特徴
 装置全体としての技術要点は,いかに安定した高速水流を開水路部に実現するかということと,サージング変動にそのまま反応しながら艇をほぼ中央に安定させる制御装置の2点である.

1.4 回流水槽
 回流水槽は,計4基のモーターでインペラーを駆動し,開水路部に最高流速5.5[m/s]のほぼ均一な流れを形成する.開水路上流側底面のリッジを調整し,定在波を抑制する.下流側には落水者を閉水路に落とさないための防護板,泡の除去装置などがある.その他,気泡除去装置,ろ過装置などに工夫がある.

1.5 艇入出力装置(=抵抗制御装置)
1.5.1 役割
 ワイヤーを前後に引っ張る艇入出力装置(抵抗制御装置)は,静止水槽内に浮かぶ訓練ベース(=艇)の位置を制御しながら,同時に実艇に作用する流体力を再現(あるいは発生する艇速変動をそのまま実現)させようとする.

1.5.2 構造
 艇の前後にはワイヤー(φ4mm)が繋がれ,ドラムに巻かれる.ドラムは,クラッチを介して駆動用モーターに接続される.艇に作用する前後力が,(ワイヤーの張力から)検力計で計測され,艇の位置が,(ドラム回転角から)ロータリエンコーダで計測される.艇は前後に引っ張られて,水槽のほぼ中央に維持される.しかし艇に作用する前後の急な力(ストロークや漕手の前後動などに起因する艇速変動の成分.高周波成分)に対してはそのまま自由に前後運動できるようになっている(この点が最も重要).

1.5.3 主な仕様

 位置制御:1.0m(ワイヤー繰出長による制限)
 張力:最大300kg.
 検力計:張力計測用ロードセル(PLC-10K).ワイヤーの(プーリー間の)水平部に設置.
 クラッチ:パウダークラッチ (POC-40).モーター側からドラム側に,指令電圧に応じたトルクを伝達.
 モーター:上流側はサーボモーター(SGMG30A2BSAR),下流側はギヤードモーター(FELK-5G71-100LJ 2.2kw x4.1p.i=1/10)

1.6 計測機器
 上述の制御装置での計測(2要素)の他,艇に設置される基本的な計測機器は,以下のとおり(必要に応じ追加は可能).
項目対象検出方法計測範囲分解能
オールロック板バネ歪ゲージ±1000N±3%FS
オールロック板バネ歪ゲージ±500N±3%FS
ストレッチャー板バネ歪ゲージ±1000N±3%FS
シート位置ポテンショメータ±500mm±3mm
オール角度ポテンショメータ±0-320deg±0.15%S
板バネ歪ゲージ±500N±5%FS
艇の運動ローリングインクリノメータ±14.5deg±0.1%FS
ピッチングインクリノメータ±7.5deg±0.1%FS
ヒービング超音波変位センサ300-1300mm±1.5mm
サージングロータリーエンコーダ±10mm
艇力板バネ歪ゲージ±3000N±3%FS

1.7 安全対策
 漕手の体は,艇と安全ベルトでつながり,万一の落水を防止する.また,タッチセンサー(水槽下流部),異常停止ボタン,回流水槽オーバーフローセンサー等から,「異常停止」が発令されると,艇は定位置に保持される.非常停止では,回流水槽は約3分で止まる.システム制御装置のコンピュータがダウンした場合は,ワイヤーの動きが停止する.


2 見学会のディスカッションから

 造艇研究会による国立スポーツ科学センター(Japan Institute of Sports Sciences)のローイングタンク見学会(00.12.20)でのディスカッションからの抜粋(Q:質問等,A:回答)と,Z:個人的な感想.(なお,抜粋・再整理により,順序・発言は話題進行とは異なる.)

2.1 漕力と回流水槽の流れの関係は?
Q:どのような漕力で漕いでも,回流水槽は一定の流速.漕手は,発揮した漕力と流速の差をどう感じることになるか?
A:回流水槽の流速に対して発揮された艇速が遅い場合は,速度(=流速)表示装置に赤信号が点灯するようになっている.
Z:差の表示装置の出来も重要な要素だろう.どのくらい遅いかが,視覚的に(直感的に)すぐにわかることが大切.

2.2 艇速の変化に対応できるか?
Q:ノーワークから力漕などの変化に対応できるか?(入出力装置のレンジと回流水槽の流速やその変化のこと) Z
A:基本的に,定常状態でのローイングのみを対象とするので,艇速を変化させるような過渡的な現象は想定対象外.
Z:この点で「トレーニング装置」としての有用性は限定されそう.ノーワークから力漕への対応が無理としても,力漕中のスパート,レイト変化には対応できないかと期待.(もっとも,それがなくても,「研究解析装置」としては可能性への期待が減る訳ではない.)

2.3 サージングのコントロール幅は?
Q:前後にどのくらいの範囲に稼動できるのか?
A:ドラムの巻取り長さに制限され(全艇種とも)前後に50cm.ドラムを改良すれば,1×,2×では拡大の余地あり(4-は難).
Z:サージングの許容範囲が短いのでは?という印象に,私も同感.1×では1m以上あるのではと思う.

2.4 入出力装置の出来がカギを握る
Q:入出力装置の出来が,使える装置としての成否に繋がる.
A:まさにその通り.入出力装置は,平均力で前後に引っ張り艇を中央付近に維持しながら,(ローイングや漕手の前後動などの)高周波成分は(制御せずに)そのまま伝える機構.原理的にはうまくいくはずだが,今後,実際に試漕して調整する過程が非常に重要.そのためにもボート協会,漕艇団体の協力が不可欠.
Z:同感.

2.5 静止水槽に浮かべていることの不安定さ
Q:静止水槽に浮かべていることで,ローリングに対する安定感が,実漕時とかなり違い,バランスがとりにくいのでは?
A:確かに,運動するハルに生じ得るダイナミックな安定性が静止水槽ではない.リガーに浮体をつける等の可能性がある.
Z:同感.艇のダイナミックな安定性やそれを漕手がどのように感じるか,興味ある課題だ.浮体はハルにつけるほうが実艇に近い感触となるかもしれない.

2.6 ローリングに対するクリアランス
Q:静止水槽と回流水槽の間の敷居が高すぎて,ロールするとオール(アウトボード)が接触するのでは?
A:敷居は,波が超えないように設計.オールとのクリアランスは約10cm.定在波が小さくでき,敷居も低くできる可能性あり.
Z:試漕段階で調整できるので,大きな問題ではないだろう.

2.7 ヨーイング成分は無視?
Q:特にスイプ艇の場合のヨーイング成分(およびその損失)は,考慮されないか? Z
A:この装置では考慮されない.
Z:実艇でのスイプとスカルの差は結構あり,一因はヨーイング.今後計測が必要になると思う.しかしこのタンクでは,前後に引っ張る構造のため,ヨーイングが強制的に抑えられることも無視できなくなる.逆に,ヨーイングが,前後のワイヤーを同時に引っ張る成分として,前後の位置と力の情報に誤差を生じる得るので,それらは補正されなければならない(そうなっているのだと思う).(これらのことは,ピッチング,ヒービングにもあてはまる.)

2.8 渦について
Q:流れの中に渦が生じている.流れの乱れが気になる.
A:高速回流水槽で(側面近くを除き)流速分布±4%以下と良好.技術的にもかなり高水準.(討議では「高速回流水槽としてすばらしい出来.他でも使いたい程」との感想さえ聞かれた.)
Z:計測データや,高速回流水槽として高い技術は評価するとして,しかしコーチの視点からの印象としては,流れの中にまだ不規則さ(不安定な渦)もあり,文学的には(?)「抑制の効いた乱流」といった印象.完全な層流状態への隔たりはまだあるのかもしれない.乱れた流れの中を漕ぐ感じは,繊細な漕手では明確に感触の違い(例えば増水した川で漕ぐときのような,水がつかめない軽さ)として感じるのではないかと思う.しかし実際に漕いでみなければわからない,興味あるところだ.

2.9 気泡について
Q:気泡が結構残る.ブレード観察や漕感触に影響はないか?
A:側面の観察窓とブレードの間隔は約30cmと近く,気泡は特に観察には影響しない.漕感触への影響もないだろうと予測.
Z:気泡はそれほど多くないし,問題はないという推定に同感.

2.10 ブレードと側壁の間隔
Z:流れ去るので大丈夫か?とも思うが,ブレードと側壁の間隔(30cm)は近すぎて,ブレードによる造波,あるいは水塊と側壁の干渉が気になる.もう少し開けるか,消波の工夫が必要かも.

2.11 回流水槽上の気流
Z:送風装置は静止水槽上だけなので,フォワード動作でのブレードの受ける違和感が結構大きく感じられるかもしれない.

2.12 安全装置について
Q:安全ベルトの長さや固定によっては,力を逃がす余地がなく逆に危険となることも./落水防止のネットなどが必要では?/「落ちない」でなく,「落ちても」大丈夫な対策が必要./「見学者」の落水までも想定すべき./Z:カヌーの落水対策はどうか,等々
A:(安全装置の説明;省略)なおカヌーでは一定角以上ローリングさせない機構で,艇は転覆しない.また漕手は上流側に安全ベルトで引っ張り,落水時も下流側には流されないはず.
Z: 回流水槽の流れに,結構,恐怖を感じた.ローイングでは大丈夫だが,カヌーでは深刻かもしれない.落ちたらただでは済まないだろう.落水に対する安全対策は,開設までに実際に,落水実験などまでして確認すべきだと感じる.


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