受講ノート:オリンピック・ソリダリティ・コーチセミナー(関西)

[Ozawa Rowing Top Page] [Seminar Library INDEX] edit:19971224 20231203


支援 :IOC・JOC・FISA
日時 :1997.12.20 9:00~12.21 15:00
場所 :滋賀県青年会館(大津市唐橋町)
主管 :(財)日本漕艇協会
テーマ :競技力向上のためのマネジメント
講師 :Curtis Jordan (プリンストン大学ヘッドコーチ1980~ ・ナショナルチームコーチ 1982~)

標記のセミナーが開催され,約30名が受講した.内容は,コーチングやトレーニングの他,マネジメント(特に資金集め)の話など.いずれも有益な話だった.この受講ノートは,公式の要約ではなく,あくまで個人的な受講メモを整理紹介するものなので,(話の要約と抜粋ではあるが)内容や解釈に偏り・誤りがあるかもしれない.その点はご了承いただきたい.全体の順序・項だても再構成している.
Mr. jordanparty
Mr. Jordan taught us many useful information.Mr.Jordan and Mr. Furukawa (Japanese National Coach). At the party in the Seta R.C.
1 コーチング・トレーニングプログラムなど

1-1 勝利の理由

コーチの重要性
事例:8+に乗っていた選手が,1×を始めてわずか1年で選手権に優勝した(ビデオで紹介).彼は,なによりも高校時代のコーチが,「本当に強く漕ぐ」ということを教えてくれたおかげだとコメントしている.高校・大学期はローイングの開始~成長期であり,コーチの役割は重要である.コーチはその時期,選手に非常に大きな影響を与えることを認識しなくてはならない.どのようにコーチするかが,選手の将来を決定する.

運ということ
94年の世界選手権で,US8+クルーは優秀だが若く経験が浅かった.予選から決勝まで僅差のレースが続く中で,1レース毎に成長して銅メダルを獲得した.しかしこの成果にはコースコンディションが常に良かったことも幸いした.先の1×の場合でもそうだが,ラフコンディションでは,そうはいかなかっただろう. このように,レースでの勝利には「運」も重要な要因である.それはコントロールできないことではあるが,しかし全般的に,ローイングは(どちらかといえば)不確定性の少ないスポーツである.努力してトレーニングを積めばその成果が確実に現れるし,しなければ負ける.

1-2 トレーニングの原則

艇・オールの進歩
艇やオールの(素材や機構の)進歩が,ローイングを容易なスポーツにしつつある.例えば,ビッグブレードは,ブレードワークを容易にした.うまく漕ぐことはもちろん重要であるが,しかし相対的にその重要性が減り,生理学的・心理学的にトレーニングしパワーアップすることの重要性が拡大する傾向にある.いずれにしても常に,「強く漕ぐ」ことが最も重要である.

バランスということ
技術の向上とパワーアップのバランス,生理学的な瞬発的能力と持久的能力のバランスなどをうまく配分することが重要である.またすでに動機付けの充分なナショナルクルーと,ジュニアクルーの比較では,後者では,より動機付けやローイングに熱意・興味を持たせるようなコーチングが重要である.

トレーニングの基本原則:楽しみ
生理学的に完璧なプログラムでも,動機付けを促進するとは限らない.特にジュニアではこの点が重要である.ジュニアのトレーニングプログラムでは,退屈しない魅力的なトレーニングを組むことが重要である.楽しみのあるトレーニングにしなければならない.
ここでいう楽しみとは,友達と一緒にやるとか,学ぶ,一生懸命,成功感などを意味するが,それらの先に,勝敗,レースをするということそのものの本質的な感覚としての楽しみも含まれる.もちろん,またオフ,ジョーク,パーティ,混成クルー等々も含まれる.また退屈とは,長い話,ドリル,ステディ,反復などかもしれない.ジュニアでは,退屈より楽しみが多い状態でなくてはならないし,ナショナルクルーの場合でも,退屈/楽しみを3以下にすることを心がけよう.
私記:楽しみを与えると,際限なく楽しむほうにいってしまうのでは?という不安が日本人にはあるようだ.背景には,日本人が「楽しみ」をついアメか道具としてしか考えない一面がある.しかしスポーツにおける楽しみは,それ自身がスポーツの本質的な部分であるということを認識しなければならない.
補足して,楽しむということは本来,人に迷惑をかけないとかルール・マナーを守ることと,完全に共存させるべきことなのだが,日本人の「楽しみ」のイメージは,自由にやりたい放題やるとか,だらだらやるといったことにつながる傾向もある.

トレーニングプログラム
トレーニングプログラムについては,技術向上,体力の強化,心理的な要因の3つを考えながら組み立てなければならない.また別の見方では,理論・(習得・獲得の)方法論・そして実行(実線)という組み立ても認識する必要がある.


1-3 ローイングテクニック

ローイングテクニック
ローイングテクニックは,多様に見えても,すでに世界共通の標準化された基本原則が確立されている.またリギングも,ほとんど標準化され,特別な秘密などどこにもない.ただ基本をきちんと習得するだけのことである.
コーチは,ローイングテクニックについての明確なイメージを持っていなくてはならない.またそれをきちんと伝える言葉を持っていなくてはならない.基本を正確に習得することに尽きる(いくつかの基本を説明.詳細略.特に強調したのは,リズムなど).
私記:基本的にはその通りで,安易に奇抜な漕法に走ってはいけない.しかし一方で,いわゆる「ブレークスルー」ということばもある.ビッグブレードの登場以前は,マコンがほとんど世界標準だったが,突然(のように)ビッグブレードが登場し新しい標準となった.スキーのVジャンプ,スケート靴等.時々革命的に技術は進歩する.(もちろん,それらの革新は基本と過去の開発の歴史を踏まえた上に始めて成り立つものであり,そうそう簡単ではない.しかし,余地はある.)

テクニックのコーチングの要点
テクニックをシンプルにしておくこと,試行錯誤,一つのことに集中できるようにすること(あれこれ複雑な改善を要求しない),楽しみを維持すること,エラーの原因をきちんと分析してどれが一番まず必要なな改善点か,一つに絞ること.なおすためのドリルを明確にデザインすることがポイントである.
また,コーチングの基本的な順序としては,説明・示範・練習・評価(フィードバック)となる.

補足
練習事例:レジスタンスロープ:艇にゴムチューブを巻いて艇の抵抗を増し,また艇を安定させて水の重さ(感触)をわかりやすくして,キャッチで水を捉え,脚で進める感触を養うことをしている.
エイトとシングルでは,負荷や漕時間がかなり異なる.エイトは短く素早い漕ぎが必要であるし,シングルでは大きな漕ぎが要求される.重量級/軽量級,男子/女子などの差でも,異なるので,どのような漕ぎのレンジとスピードを設定しているのか,よくチェックしよう.


1-4 トレーニングプログラム

トレーニング:メニューの工夫
トレーニングプログラムが,本当にうまく実行されているか?意図した効果が上がっているか?について,常にチェックしなければならない.集中力を維持した状態が実現できるように,トレーニングプログラムをデザインしよう.
例えば,目的のHRを維持するはずのトレーニングが,メニューの後半では,ばてたり集中力の低下によって,目的のHRを維持していないということがよくある.このような場合,目的のHRを平均的に維持するために,少し強度を上げたワークと短いレストの導入によって,本来のトレーニングの目的を達成できる可能性がある.この場合は,休息によって集中した状態を作ることが出来る.また休息時間を調整して,負荷をコントロールできる.

ウェイトトレーニングについて
ウェイトトレーニングは,トレーニングプログラム全体の中ではメインではない.しかし,基礎的な筋力アップ,それに伴う障害予防の効果,心理的にウェイト好きの選手での効果,ペアを組みみんなでできるなどの理由から,取り入れている.
ウェイトトレーニングは,①1~5回の重負荷タイプ,②10~20回のスピード&パワー養成タイプ,③60~150回の高回数筋持久タイプに大別できるが,私が実施しているのは,②だけである.例えば,40秒ずつ数種目を順番にやり,全部で15セットの程度である(約10分).
また工夫のひとつとしては,スクワットで,スターバーというものを使っている.菱形のバーの真ん中に入って持ち上げるタイプで,これだと危険が少ない.

ローイングの生理学
詳細略:身体のエネルギーシステムとトレーニング体系についての説明.(酸素を運搬能力を向上させるTransportation系は,特にVO2max付近でのトレーニング.酸素の消費能力を改善するUtilization系,AT系,耐乳酸系などについて説明)


1-5 セレクション・ポジション

セレクション
クルーの選手のセレクションでは,エルゴの目標タイムを定めて合宿参加を制限したり,またエルゴチャレンジのチャンスを平等に与えるなどで,「チーム全体の向上を進めながら」上位の者を選択できるようにしている.プリンストンの水域は,12~1月は凍結などで漕げなくなる期間が長い.その時期にエルゴで充分に強くなっておく必要がある.

ジュニアスカラーのビデオから
瀬田RCのジュニアスカラーの漕ぎをビデオで見ての,質疑・助言(トレーニングプログラムやテクニックについての助言).基本的にうまく漕いでいる.
腰痛の原因については,漕強度よりも,同じ姿勢を長くとり続けることの問題が大きいのではないかと思われる.漕時間のコントロールを考えよう.


1-6 レースとコーチング

レース心理とコーチング
レースでは,1レースごとに競漕のレベルも上がるので,それに応じてクルーのレベルも上げていくような,心理的組立が必要である.
1996年のUS4-は,なかなか良いできだったが,プレッシャーにやや弱く,ちょっとしたことで崩れてしまうことが多かった.状況に左右されずベストパフォーマンスを引き出せるように,自信を持ってレースできるようにコーチした.具体的には,漕手間の競争を刺激し,また合宿などで一緒に行動し同じメニューをこなす過程で結束力を強め,個人の集まりから結束したクルーに変化させた.レースでは大崩れせず,その成果が現れた.

また,レース当日,コーチあるいは選手が何をすべきか,そういったことは,レースの前日に紙に書いておくとか,(チームにあった方法で)確実に遂行できるようにしておく必要がある.ちょっとしたトラブルでうっかりミスを誘発してはいけない.また,レース毎に一喜一憂して,精神的に変動が大きすぎることもよくない.予選から決勝まで,しだいに心理的レベルを意識的かつ計画的に上げていくことが望ましい.

レース戦略
レースは,いかに自信をもって漕ぐかということが重要である.
レース戦略では,自分のクルーが,最初からとばすのが好きか,後半の追い上げが好きかなどをよく理解しなければならない.生理学的にはもちろんイーブンペースが基盤となるが,クルーの性格と短所をよく見極めた戦略を立てなければならない.(例えば,飛び出しが好きなクルーには,コントロールした飛び出しのペースを教えなければならない.)また,他のクルーとの駆け引きということもある.

1995年のUS4+は,速いクルーだったが経験が少なく,予選で後半追い上げられると焦ってうまくなかった.そのため敗者復活戦や間の日に,後半の展開を丹念にリハーサルした.具体的には,2000mの前半を50%で漕ぎ,第3クォーターで突き離しのペースアップをするなどである.また相手のクルーが,自分たちに勝つためにはどうするか,という予測も重要である.

生理学的に,1分30秒までをスタート領域と考え,続く1分30秒~1分50秒までが,戦略のポイントとなる.2000mでは第2クォーターが重要ということ.
また,1000mのレースは,あっと言う間に勝負がつくので,特に集中力を高め,ミスをせず漕ぐことが重要となる.
艇種の違いも大きい.8+に比べて1×はより有酸素的で,例えばコルベは1×ではとても強かったが,2×や8+ではそれほど強さを発揮できなかった.


1-7 その他

各種のパフォーマンステストについて
詳細省略.乳酸測定,HRなどは重要かつ有益な方法であるが,またそれらは指標のひとつにすぎないので,総合的な判断のひとつの材料として使うべきものである.乳酸などのトレーニング以外の刺激や食事による変動幅などもよく認識していなければならない.
またテストの条件としては,手軽さや安価であることも重要である.私(ジョーダン)は,大学クルーのほうでは,それらをほとんど用いず,エルゴスコアなどで把握している.

性差とローイング
男女の身体的な違いとしては,上体の重心の違いがある.相対的に男子では重心が高く,女子では重心が低い.これは,男子では上体スイングの過大が艇速変動やピッチングの問題として減速率が大きいのに対し,女子ではそのリスクが少ない.そのため,女子では,大きなスウィングが有効になり得る.また,そのためには,充分なリカバリ能力が必要であることも重要である.(ただしこれは小さなレンジを精一杯大きなスウィングでカバーするという意味ではない.)
その他,生理面での性差などはほとんど気にしていない.基本的にコンディショニングは本人の責任である.

2 ローイングクラブのマネジメント
2-1 組織の概要

プリンストン大学の組織
プリンストン大のクラブには220名が在籍している.これを8名のフルタイムコーチが指導している(男女×重軽の計4カテゴリーに,バーシティコーチ(対抗)とアシスタントコーチ).コーチには,住居と$3.5~5.5万/年(パートタイムではその期間相応の)報酬が支払われる.コーチ用に1つの部屋があり,午前中は事務処理(同じ部屋でコミュニケーションがよくとられている).午後には艇庫で活動といったところである.夕方4:30に授業が終わり,7:00からの夕食までの間が練習時間となる.乗艇は5:00~6:30の程度.さっと来てさっと乗りさっと帰る.効率的な練習をせざるを得ない.なお4~5月の頃,早朝練習を一部やる場合もある.
選手は,このシステムを気に入っているようである.日本のような艇庫で生活するようなスタイルは,米国では考えられない.米国の学生は,それほど四六時中一緒にいることを好まないし,また米国の大学はそれでは卒業できない.米国では,高校は比較的自由だが,大学は相応に厳しい.

NCAAのとりきめ
学生のアカデミックタイム(勉強する時間)を確保し,大学間の競争を適正なものにコントロールするために,NCAAが,以下のような制限を設けている.
・コーチングは26週/年以下(期間外のトレーニングは許されるが,指導はしてはいけない).このため,私(ジョーダン)の場合は,指導期間を9~11月と3~5月に分けている.
・7日間のうち活動は6日以内(週1回のオフが必要)
・1週間に20時間以内.(ストレッチやミーティングを含む.実際に使っているのは約16時間)
もっとも,プリンストンの場合には,このような制限は元々必要ないが.プリンストンの学生は,学業とスポーツを両立させている.

経済事情
大学は,艇庫とその維持管理費(電気・電話・光熱・水道等),フルタイムコーチと,パートタイムコーチの賃金,8つの主要レースに参加するための費用を提供し,総額は約$35万~50万(約3500~4000万円)である.しかし,以下の資金は自己調達する.
①ボート・オール・付帯の施設(修理用艇庫など)・モーターボート・エルゴなどの資金
②遠征合宿,会議参加,その他のレース費用
①と②は,各約$6万~8万である(600~800万円).これらは,後述する方法で資金集めをしている.
プリンストン大学漕艇部は1872年の創立で,約3000人規模のOBがおり,また毎年30~35人の卒業生がこれに加わる.



安全管理
米国の事故発生率は低い.私(ジョーダン)の知る限りでは,コーチを始めて20年の間に,米国国内の死亡事故は3名にすぎない(もっとも死に至らなかったが危なかった事例もある).最近のものでは8年前,コーチのモーターボートが,他艇に気を取られて自分の1×に追突した.また練習中ではないが遠征中に,停車したトレーラーに,後続の選手の乗った車が追突し,ボートがフロントグラスを突き破って死亡者が出た.
基本的にコーチは選手の安全を確保できるよう,モーターによる救助,CPR(心配蘇生法),一般的な安全知識など)基本的な知識・技術を身につけていなければならないし,コーチ資格を得る際に安全試験もある.また選手については10分間水上に浮いていられるかどうかを試すスイムテストを必ず行っている.
コーチは安全に関して,選手と信頼関係にある

事故補償
事故の保険については,大学が包括的な保険に入っているので,日本の漕艇保険のように個々の保険には入っていない.事故が発生した場合は,大学が訴えられる(ことが多いはずである).一般RCでは,それぞれが保険に入っている.保険料が高いという話も聞くが,相応の価値がある.


2-2 資金集め

組織化
資金集めのためには,まずそのための組織が作られる.キャプテンと呼ばれる分担責任者が数名いて,そこにチームを構成する.各チームの分担は,例えば,OB,寄付者,企業(広告・スポンサーシップ)とか,あるいは地域で分けたりする.重要な点は,資金運用の目的が明確化されていること.具体的な目標額がはっきりしていることである.それは各チームでも同様である.
また、目標を達成したときに、キャプテンとそのチームに報奨を与えることも大切である。それはたとえば、商品とか表彰、そういったものである。

お願いします
まず,最初に「お願いします!!!」と声を上げなければならない.漕艇人は本来,こういうことが苦手である.「自分のことは自分で」と考えがちだから.でも,声を上げなければ誰も支援はしてくれない.

人の輪・ネットワーク
資金集めをするということは、支援者との絆を作るということ.人の輪に支援者を巻き込んでいくということ.そして,その人がまた新しい人を連れてくるというように,連鎖反応がおこるように考えよう.

資金集めのチームの心得
責任をはっきりさせておく.一緒にやる.相手をはっきりさせる.適切な人にたのみに行かせる.組織的に行動する(胡散臭い雰囲気ではいけない.預けたお金が間違いなく趣旨の通り運用されるという安心感が大切.)適切な時機にたのみに行く.


支援者にお返しすること
寄付者・スポンサーは何に関心があるのか?それを見つけよう.感謝の言葉,名前等々.アフターケアをしっかりと.クラブにスポットライトを当てよう(会報・TV・新聞・広告).

ローイングを売り込もう
ボートをもっと世間に売り込もう!(確かにそれは,漕手やコーチの性には合わないことなのだが)
あなたの財産は?ボートのすばらしさ,みんながしていること,漕いでいるひとのこと.それをみんなに知らせよう!

寄付者・スポンサーをローイングに巻き込もう
連絡を絶やさず,艇庫に呼び,選手と会い,レースを見せ,また漕ぎ方も教えてあげよう.そうやって少しでもローイングに良い印象を持ってくれれば,寄付も増えると期待できる.

いろいろなアイデアを出してみよう
ボートチームを編成してあげる.漕手を貸し出す.Tシャツ.マラソンロウ(1kmいくらで,長距離漕にチャレンジ).広告.貸艇・貸オール.ゴルフコンペ.オークション.

整理すると..
まず頼まなければはじまらない.
寄付は少額でも少なすぎるということはない.
寄付や広告を当たり前と思ってはいけない.
感謝しよう.
みんなにありがとうを.
人をローイングに巻き込もう.


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